【久米宏】メディアを変えた男

心構え・役割

こんにちは!北の熱い講師オッケーです!

オッケー講師としては、「尊敬する男」が、

元旦に亡くなっていたニュースが、SNSで一斉に報じられました。

追悼の意をもって、記事といたします。

「マスメディア」が変わった時

1985年、日本のマスメディアの主役はまだ新聞だった。

テレビは娯楽の場であり、特に夜10時台は各局がドラマを競い合う“ゴールデンタイム”として定着していた。

そんな中、朝日新聞系列のテレビ朝日が下した決断は、業界に衝撃を与えます。

「この時間帯にニュース番組を放送する」

――それは、視聴者の生活リズムにも、報道の常識にも挑戦する英断だった。

「久米宏」(くめ ひろし)って何者だ!


当時、ニュースアナウンサーといえば、事実を淡々と読み上げるNHK式が主流だった。

感情を交えず、私見を挟まず、ただ「伝える」ことが求められていた。

そんな中でテレビ朝日が選んだのは、競合社である毎日新聞系・TBS出身の人気アナウンサー、久米宏だったのです。

久米宏は、従来のアナウンサー像とは一線を画していた。

彼はニュースを「読む」のではなく、「語る」ことを選んだ。

ときに皮肉を交え、ときに怒りをにじませながら、ニュースの裏にある構造や矛盾をあぶり出す。

その「歯に衣着せぬ」物言いは、政財界にとって脅威と映った。

だが、視聴者にとっては、初めて“自分の言葉で語るキャスター”との出会いだったはずである。

「ニュースステーション」の功績

「ニュースステーション」は、単なる報道番組ではなかった。

スポーツ、文化、国際情勢、そして市井の声までを取り上げ、ニュースを“生活の中の出来事”として再構成した。

久米宏の語りは、ニュースを遠い世界の話から、身近な問題へと引き寄せた。

視聴率は右肩上がり、テレビ朝日の夜の看板番組として長年君臨することになる。

「瓶ビールの味」はどうだったんだろう?!

そして2004年、久米宏は「ニュースステーション」を降板する。

未だに鮮明に記憶にあるシーンです!

最終回、彼は番組のエンディングで、

いきなり、立ち上がり、スタジオの後ろにある冷蔵庫から、

瓶ビール(流石、ラベルは後ろにして!)とグラスを、

テーブルに持って来て、みずから、栓抜きでフタを抜き、

静かに瓶ビールを傾けた。

あの一杯は、果たして苦かったのか、それとも旨かったのか!

言葉少なにグラスを置いたその姿に、彼の矜持と寂しさ、そしてやりきった者だけが持つ静かな誇りがにじんでいた。

あれから20年近くが経つ。

情報があふれ、誰もが発信者になれる時代になった。

しかし、久米宏のように、時に権力に臆せず、時に視聴者の代弁者として語る“気骨あるキャスター”は、いまだ現れていない。

メディアが変わり、社会が変わっても、久米宏という存在が残した問いは、今もなお私たちの中に生きている。

合掌


今日を大切に明るく元気に行きましょう!

お仕事の方、お疲れ様です!

いってらっしゃい!

にほんブログ村 にほんブログ村へ


にほんブログ村

人気ブログランキング


人気ブログランキング

メルカリ